根府川ライフ


奈良・興福寺の中金堂の落慶

10/20 御在所岳登山の帰途、奈良の興福寺、室生寺を、AK、TKさんと巡りました。

興福寺は、中金堂が301年ぶりに落慶し、一般拝観となる初日の良きタイミングだった。

朱色のお堂と金ピカ本尊の釈迦如来は、品位は無いが、1300年前の創建時はこんなだったかと、有り難く、ボケ封じを祈願した。

女人高野の室生寺は、紅葉には早いが、モミジの青葉と青空に五重塔、金堂が映えて美しい。

国宝金堂に鎮座する国宝・重文の17体の仏像は、来年完成する宝物殿に14体移るので、全員集合の見納めの良きタイミングで有り難く、ボケ封じをを祈願した。

(興福寺の中金堂、       室生寺の五重塔)


奈良・桜井の実家が空き家なので、定期的に草抜きが要るので、山の帰りにAK、TKさんに奈良巡りに声を掛け、早く起きて一人コッソリ草抜きする予定だった。

(三輪明神から大和三山の見える盆地の日の入り、 草抜き)


目が覚めたら隣の布団は空で、トイレかと思っていた。長いので倒れたかと見に行ったら、TKさんが、草を抜いているのに驚いた。

AKさんにも手伝ってもらい、布団まで畳んでもらい、何もせずに済み、本当に優しく思いやりのある山仲間です。


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# by akiotakahashi | 2018-10-21 16:40 | | Comments(3)


関西遠征のF山の会「御在所山(1212m)、鎌ケ岳(1161m)」

10/18-19 鈴鹿山系の御在所山(1212m)、鎌ケ岳(1161m)の関西遠征に、F山の会11人が参加しました。

<第1日目、10/18>

名古屋経由で湯の山温泉駅に着いて、迎えの宿のマイクロバスがあり、御在所登山口を10時にスタートした。



御在所山は花崗岩の巨岩、奇石、絶壁の山容が面白く、登山道は岩ばかりなので短足には厳しい山で疲れた。それでも、白い絶壁と青い空に、少し紅葉した赤が映えて美しく爽快だった。

湯の山温泉から山頂までロープウェイが通じており、下山は乗って楽だったが、登りに乗った方が更に楽だった。(目的が違うかも・・)



国民宿舎“湯の山ロッジ”の温泉で、疲れを癒し、食前の予備会と豪華食事の本宴会で楽しく盛り上がった。



<第2日目、10/19>

大阪に仕事に出るMSを見送った後、宿のバスで鎌ケ岳登山口まで送ってもらい8時にスタートした。



急こう配の滑りやすい登山道で、落ちないよう鎖を掴みながら、昇降したので疲れた。

MMが学生時代にワンゲル部で初めて登った山で、純な時代もあったのは半世紀の流れだ。

11時には下山して、宿の温泉に浸かり、昼の大宴会をして解散しました。



鈴鹿山系が、こんなに変化のある山だと初めて知り、たまには、新幹線を使った遠征ツアーも良いものです。

関東の老婆山ガールばかりの山と違い、関西の山は、若い山ガールが多いのが好印象でもある。

写真 http://img.gg/1x9LJRp


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# by akiotakahashi | 2018-10-20 23:53 | | Comments(2)


尾瀬ヶ原の“草もみじ”

10/13 尾瀬ヶ原の“草もみじ”を見に、夜行バスで行きました。

まだ暗い5時にスタートした鳩待峠では、木道が霜で滑り、至仏山の蛇紋岩は特に滑りやすく危ないので、登山は諦めて、尾瀬ヶ原を一周した。

(山も池塘のヒツジグサも赤い)


10月末には、厳しい豪雪の冬を迎え山小屋も閉めるので、今年の最後の尾瀬を、カメラを持って歩くのが多い。

木々の紅葉の盛りは過ぎても、尾瀬ヶ原は、色付いた山をバックに、湿原一面が赤く輝く草もみじと池塘の眺めが素晴らしい。

(燧ケ岳 2356m、       至仏山 2228m)


朝は霧が深いのが、次第に視界が開けてくる山の風景の変化が面白く、晴れ渡ってくれた。

山用コンロで湯を沸かし、コーヒーを味わうのも優雅なものだ。23000歩で尾瀬ヶ原を完全制覇したものの、草もみじばかりでは、飽きてしまった。

(ヒツジグサの紅葉、   馴染みの水芭蕉の撮影ポイント)


山仲間の”F300名山の会”も高齢化して、効率の良い夜行日帰りが無くなり、安易な山行きになった。

花咲の湯で疲れを癒して、新宿に8時到着のツアー(9700円)は、お値打ちで、良き1日でした。

東京電力が尾瀬ヶ原エリアを所有し、全長65kmのカラマツ木道は耐用年数10年で、1mにつき10数万円の取替コストだそうだ。

TEPCO印の木道は整備され、原発事故があっても資産処分もせずに存続できるのは、不思議なものです。
(M社は、タンク事故で殆んどの資産を売り払った!)

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# by akiotakahashi | 2018-10-14 05:25 | | Comments(4)


小田原の「おでん祭り」

10/7 前日は倒れたミカンの木の処分しかできなかったので、連荘で根府川に畑仕事に行きました。

熱中症で死にそうな猛烈な暑さで、殆んど休みながら、草抜きをして、白菜とキャベツの苗を植えました。

ミカン仲間のAK夫妻から、冷えた梨と氷水をもらい、美味しく、生き返り、「おでん祭り」があるので、帰りに小田原まで送ってもらった。



小田原城の広場には、屋台が立ち並び、大勢の日本人で溢れており、早速、おでんとビールを求めた。

未だ半死だったが、冷えたビールで更に回復し、合唱や太鼓の演奏を見学し、フリーマーケットをウロウロした。

小田原城には、着物や武者/忍者姿で楽しそうに写真を撮る外国人が多く、観光日本が頑張っているのが解る。

「おでん祭り」なので、無料のおでんサービスを期待したが、世の中は甘くなく、単に小田原観光の客寄せだった。
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# by akiotakahashi | 2018-10-07 20:29 | 趣味(グルメ、健康) | Comments(2)


根府川ミカン畑の台風被害

10/6 根府川の小屋が壊れていると、ミカン仲間から連絡があり、出掛けました。

先週の台風24号は強烈だったので、プラ波板の屋根は飛んだかと思っていたが、壁もドアも飛んだ悲惨な姿だった。

ミカンの木を点検すると、妙に明るく視界の良い場所があり、隣の畑まで飛んで、逆さにぶら下っていた。



今までの貢献に感謝しながら、また、泣きながら、ノコギリで木を切り、老大木を片付けるのに1日かかった。

今年は裏作の木ばかりで、この木だけが鈴生りだったので、今年のミカンは絶望的となり、年末のミカン狩りと牡蠣パーティーは中止だ。

小屋「六尺庵(1.8m×1.8m)」は2畳で、小さ過ぎるので、3畳に増強することにした。

長崎鐘の永井隆が子供2人と暮らした「如己堂*」が2畳なのに驚いたのを思い出す。
(* 永井が生きる指針とした、「己の如く隣人を愛せよ・新約聖書マルコ」から名づけられた。)

「如己庵」に改名し、仕事を辞めたら、世俗を捨てて、ひっそりと隠れ住む木喰隠者となり、欲を捨てて、座禅と反省、愛隣の日々を送ろうと誓った。

帰りの電車で、「テレビとビールの冷蔵庫は必需品だな。偶には友人と焼き肉で飲みたいあな。」と考える俗人だった。

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# by akiotakahashi | 2018-10-07 03:35 | 根府川とミカン | Comments(4)

    

小田原・根府川にミカン畑を借り仲間と楽しんでいる。ミカン作業、登山、趣味など紹介
by akitaka
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