根府川ライフ


日本の理論物理学の父・仁科芳雄博士

11/30 岡山西部の里庄町にある日本理論物理学の父・仁科芳雄の生家に行きました。
岡山の郷土に輝く人といえば桃太郎、吉備真備、法然、雪舟、武蔵、洪庵、犬養毅、夢二、泣菫、大山康晴が有名ですが、技術者は仁科芳雄をあげる。(山・ミカン仲間のKYさんは別格)
ノーベル賞物理部門受賞者の湯川、朝永、小柴、小林、益川は仁科の弟子、孫弟子に当たる。今の原子物理は巨大な設備をつかい金さえあれば成果はでるが、本来の理論物理は研究費も少なく頭だけで理論構築した脳の構造に感心します。
生家は代官、大庄屋を務めた立派な屋敷で、生まれながらの英才。戦中は軍の要請で原子爆弾の開発を進めサイクトロン完成させて研究中だった。
1951年に60歳で逝去し、一生の濃さが60を過ぎた自分と格段に違います。ただし、「働きて働きて病む秋の暮(病床の句)」の気持ちだけは完全に一致。
仁科芳雄の生家全景
さて、小生は寺・神社などに行ったときには床下を探索する。生家では江戸後期(建築時期から年代推定)の丸瓦の破片を発掘し、お宝の仲間入りをしました。

仁科博士相関図           少年時代の仁科を見守った丸瓦

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by akiotakahashi | 2008-12-02 23:39 | | Comments(2)
Commented by rollingwest at 2008-12-03 05:58
岡山も歴史上の人物や科学貢献の人材を本当に沢山輩出しているんですね!それにしてもあちこち歩いて見学しておられますね(笑)
Commented by masao at 2008-12-03 10:26 x
「寺・神社などに行ったときには床下を探索する」とのこと。小生はそこまではしたことはありませんが、世界各国を旅している時に、化石などは勿論のことですが、遺跡などで古い陶器の破片などを見つければ拾ってくることがあります。
「青の都」とも呼ばれるウズベキスタンのサマルカンドに行った時には、修理中のモスク近くにあった「青瓦」(ヒビ入りでしたが、色が実に綺麗)を拾って持ち帰ったこともあります。(もし見付かったらやばかったかも・・・)でも、そうしたものには歴史のロマンを感じますね。

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