根府川ライフ


小田原“白秋童謡館”と豊中高校の校歌

11/23 小田原の“白秋童謡館”に立ち寄りました。

日曜日に根府川の畑仕事をしたが、酔っ払って新しい眼鏡が行方不明になり、見付かるまで帰ってくるなと言われて家を出た。

草抜きしながら探したが見つからず、帰り辛くて寄り道した。

北原白秋が、33歳から8年間小田原で過ごした邸宅(大正13年築)が、“白秋童謡館”として公開されている。

 

「砂山」「からたちの花」「城ヶ島の雨」「ペチカ」「待ちぼうけ」「この道」も小田原で作詞したお気に入りの地だった。

大阪府立豊中高校に1年間在籍したが、ゴールデンコンビ 作詞:北原白秋、作曲:山田耕作の校歌だった。

また、M社新入社員で同期32人のうち、7人が倉敷の工場に配属され、OM、UDが同じ豊高だったのに縁の深さがある。両氏とも既に黄泉の国で、呼んでくれているが、遠慮している。

「質実剛健、これ我が精神」、「勤倹尚武、これ我が信念」と、格調の高い歌詞だったが、この精神、信念で、生きてくれば良かったと、反省しました。
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by akiotakahashi | 2016-11-23 16:53 | 趣味(骨董、美術) | Comments(3)
Commented by 2332234 at 2016-11-23 17:09
北原白秋は、父の故郷、柳川出身とは知っていましたが小田原にもいたのですね。城ヶ島の雨も、その折の作詞だったのでしょうか?またUDさんとアキタカさんが同じ高校の秀才と知り、卒業生に多彩な人材を抱える同校の懐の深さに感じ入りました。
Commented by wasitaka at 2016-11-23 17:52
UDさんとは豊中高校でご一緒だったのですか。都立高校では元製缶会社のMK社長と同級生ということで、素晴らしい高校生活だったことと推測されます。
Commented by akiotakahashi at 2016-11-24 15:00
2332234さま:二人の方が、頭の構造が断然上です。事務屋ですが、UDさんの計算の鋭さには驚きました。
UD家も我が家も転勤族で、小学(豊中)、中学(名古屋)でも同じ学校だったことがある奇縁です。12/3のお別れ会には、法事があり残念ですが、欠席です。

washitakaさま:高2の時に転校しましたが、大阪と東京の文化の違いに驚いたものです。既に東京は、革靴、服装自由、喫茶店など自由でした。いまは、北海道の奥地まで全国同じで、特に女性の化粧は地方の方が激しいです。

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小田原・根府川にミカン畑を借り仲間と楽しんでいる。ミカン作業、登山、趣味など紹介
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