根府川ライフ


根府川の「人力鉄道」(小田原―熱海)

9/21 根府川駅からミカン畑に歩く坂の道端で「人車鉄道・根府川駅跡」の標識を見つけました。

明治23年から大正12年に「豆相人車鉄道」があり、小田原から熱海までを車丁(人夫)が車を押して運んでいたレール跡です。根府川辺りは急坂があり、明治の男は逞しいとシミジミ思いました。

(左)JR根府川駅と坂道 (中)人車鉄道根府川駅跡の標識(JR駅から300m) 
(右)湯河原にある実物(インタ-ネットより)



調べると、小田原から熱海まで25.3kmを4時間で走行しており、下りは良いが登りは客が降りて一緒に押した長閑な明治の世が窺えます。(1日6本、運賃:下等席50銭、上等席1円)

(左)当時の写真(案内標識) (右)時刻表(インタ-ネットより)
 

人力鉄道があったと初めて知りましたが、明治・大正には人力鉄道(トロッコ)は流行っていたようで、全国の史跡を辿るのも面白いかと思いました。 
参考資料: 「豆相人車鉄道」
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by akiotakahashi | 2009-09-22 06:37 | 根府川とミカン | Comments(4)
Commented by wasitaka at 2009-09-22 16:13
人車鉄道とは初めて知りました。
しかも小田原から熱海まで、25.3kmの長距離を4時間ということは時速6km以上ですね。
10月4日には小田原に行く機会があるので、探索してみようと思います。情報ありがとうございました。
Commented by rollingwest at 2009-09-22 21:22
不便な時代なのに、昔の方は黙々と働き、難関を乗り越えていたんですね。本当に頭が下がります。
根府川ライフのルーツを辿る地元歴史シリーズの記事をこれからも楽しみにしております。
Commented by at 2009-09-23 17:22 x
お久し振りです。元気に日記を続けておられ何よりです。久し振りに覗いたら”人力鉄道”なんてあまり聞いたことがないのを見て、他の地域のも見てみました。醤油などその土地の特産品輸送の為に敷設というのは理解出来るのですが、根府川ー熱海というのは何が主だったのでしょう、みかん?でも写真は客車ですね。
Commented by akiotakahashi at 2009-09-24 06:03
washitakaさま;石炭トロッコは馴染みがありますが、人車鉄道が身近にあったとは知りませんでした。省エネ、健康のためには人力の再評価も必然かと思いました。
RWさま;評価していただき励みになります。感謝!
壽さま;丹那トンネル(熱海-函南、昭和9年)が出来るまでは、東海道線は現御殿場線経由だったそうです。熱海への温泉旅行の手段と思われます。

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小田原・根府川にミカン畑を借り仲間と楽しんでいる。ミカン作業、登山、趣味など紹介
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